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Mrモナカのオーストラリア日記 - Mr Monaka's Website in Australia

現在オーストラリアのブリスベンで生活している日本人です。日々体験したこと、考えたこと、学んだことを紹介していきます。Hello, everyone! Welcome to my site!! I would love to share my experiences and thoughts with you. I hope you will enjoy it! Each article is written in both Japanese and English.

NONAKA Tsunehiro

职业
地点
オーストラリアはブリスベンで親子3人で暮らしています。日本で5年、オーストラリアで6年、合計11年間学校教師をしています。もしよろしければ、お気軽に遊びにきてください。Life is like a box of chocolate. You'll never know what you are going to get. But you can also attract what you want to get by using the universal laws. One of the things I have attracted in my life is my present life here in Australia!
私の管理しているサイトです。お気軽にどうぞ!
私が心からおすすめするサイトを紹介します。
11月23日

忙しくなってきたけど

学期末というか、学年末が近づいてきたので、当然のことながら採点やら成績表で忙しい。
でも、こういうときこそ心にゆとりをもっていきたいものだ。
11月20日

学校でディスコ?!

娘の学校で開かれたスクール・ディスコに行ってきた。
オーストラリアの学校では生徒たちのためにディスコを開くことが珍しくない。
いまだに日本の学校のイメージから、こうしたスクール・ディスコにはなじめないのだが、日々の出来事は天の意思である。そこで、ディスコについて考えてみることにした。

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冷静に子どもたちや親たちを観察すると、ノリノリで楽しんでいるグループと、会場の外に出て冷ややかに距離を置くグループがいた。まあ、選択肢としてディスコに出ないというのもありなので、ここに来ている人たちはおおむねディスコには理解をしめしており、その参加のあり方には温度差があるというべきだろう。まあ、入場費が3.5ドルでそれfが学校に寄付されることになるので、学校に経済的に協力しようという親もいたのかもしれない。

つまり、同じ出来事であってもそれをどう解釈するか、それとどう関わるかというのは個人次第だということだ。

中国の古典『菜根譚』(さいこんたん)には、心のあり方によっては、杯にうつるひもも蛇に見えてしまうというようなくだりがある。ディスコを何か邪悪なもの、学校文化には相容れないものとみて、距離をおくこともできるし、子どもたちが喜ぶからいいんじゃないかと観ることもできるわけである。

『菜根譚』の中には、心のありようで、同じ世界も違ったふうに体験できるというような内容が随所に見られる。たとえば、こころが安定している人は一日も1000年のように生きることもできるし、心が大らかな人は狭い部屋でも宇宙を感じることができるというくだりがある。さらには、普通の人は全ての出来事を違ったものととらえるが、心の達人は万物の中に同じものを見るという。

そこで、私なりにこのディスコに万物に共通なものを見出そうとしてみた。

ディスコで踊っている子どもも、親も詳しくみていけば、細胞、分子、原子、素粒子であり、行き着くところはエネルギーであり、一定の周波数で振動している。会場で流れている音楽も振動している。多くの子どもたちは、その自らの振動をディスコ音楽の振動にあわせているわけだ。つまり、私たちは日常生活とは「ちょっと」違う振動の中にいたことになる。

この振動はエネルギッシュだ。活気がある。この振動を日常生活に応用したら、かなり活動や能力の幅が広がることは確かだ。毎日の退屈な家事ももっとてきぱきとできてしまうかもしれない。やりたくない仕事の雑事もサクサクっと片付けてしまうかもしれない。そして、自分の目標もこうした活気あるエネルギーを使えば、たいていは達成できてしまうのかもしれない。

アンソニー・ロビンズのセミナーで多くの音楽を使って、飛び跳ねダンスをする一つの理由もこうしたことからだろう。

しかし、大抵は、こうしたディスコのノリを日常生活に持ち込むことはほとんど無理である。もちろん、MP3プレーヤーなどで音楽をきけば、それに近い気持ちを味わえる人がいるかもしれないが、ディスコ空間で体験した実際のノリにはなりにくい。

それは、我々の生活は、音と静寂から成り立っているからである。あるいは、動と静から成り立っているからである。

ディスコは音と動に焦点をあてるが、わずかではあるが、静寂や静も存在している。大抵はその静の部分には焦点は当てないが(人間の耳には知覚できにくいが)、確かにある。

日常生活でも音や動に焦点を当てる傾向にあるが、注意深く観察すると、静寂や静も存在している。大抵は、忙しく騒々しい生活の中では静の部分には焦点は当てないが、確かにある。

ここで、天の意思に戻るが、私にはスクールディスコは、私たちにバランスを思い出させようとしているように思える。

動と静
今日の学校文化と伝統的な学校文化
活気と停滞
西洋文化と東洋文化
光と闇
個人と集団

このバランスの統合の中にこそ、人生の神髄があるのかもしれない。
ディマティーニ博士はこの正反対の統合にこそ愛があるとしている。
日常生活の中で何か欠けているバランス、それをもう一度発見してみる必要がありそうだ。

もっと動くべきかもしれない。
もっと音楽を生活にとりいれるべきかもしれない。
もっとオーストラリア文化を受け入れるかもしれない。

いろいろな可能性がある。

日常生活をガラリと変えてしまった体験を思い出す。
誰かを心から愛したとき。
自分が親になったとき。
そういうときには、日常生活はまったく違うものになる。

私はもっともっと愛に生きるべきなのかもしれない。

それでは、また。
ブリスベンより感謝と愛情をこめて
モナカ寅次郎

Why disco?

I am with my daughter at school disco tonight. In my mind, disco and school still don't coexist together as I believe each of them has different vibration, hence different viblation. That is silence at school and noise at disco. Also I used to be a teacher in tokyo for 5 years and therefore i might feel that way..... But it might be the time for me to embrace both silence and noise. Both of them are part of Source. That is our life. Love and gratitude. Tsune
11月19日

恋しい

いやあ、本格的に暑くなってきた。
家で入るときはランニングシャツでいることが多くなってきた。
職場に持っていく水は前日から凍らせておくようにしている。
部屋にいるときは扇風機をよく使うようになってきた。
仕事から帰ってくると、まずはシャワーをあびるようになってきた。
などなど、夏の生活スタイルになってきた。
一年の大半がこのスタイルのオーストラリアのクイーンズランド州。
普通の生活スタイルにもどったということか。
でも、四季の移り変わりに勝る美しさ、楽しさはここオーストラリアにはない分、いくら「新型インフルエンザ」が猛威を振るっている日本でも年末年始くらいは帰りたいという気持ちはある。

我を忘れるということ:『論語』をかじる

最近、少しだけ『論語』をかじりはじめたが、これがなかなか面白い。かなり前から読みたい、読まなければと思っていたのだが、「難しい」という評判、忙しさをいいわけに読んでこなかった。そして、今回少しではあるが、『論語』を学ぶ機会に恵まれた。

私の学び始めた中で印象に残っているのは、「我」のことばかり考えていては君子になれない、「我」を忘れたところに天の道があるというくだりである。

私なりにいえば、この場合の「我」とは自我(エゴ)のことであり、自己中心に物事を考え、すべての他者を識別・差別し、感情、思考、物事などを自己とみなすあり方であろう。一方、我を忘れた状態、すなわち天の道を生きることとは、自己というちっぽけな存在を超えた大いなる存在の意思にそった生き方であるといえるだろう。私たち人間は地の上で生きているため、様々な「雑音」に邪魔されて、天の意志に気づかないことが往々にしてあるが、孔子は地に生きながらも天の声を代弁していたといえるのかもしれない。

私などの「小人」はまだまだ君子には程遠い存在である。日常のちょっとしたことで落ち込み、腹を立てる。そんな私にもこの孔子の考え方、我を忘れるは非常に大きなインパクトをもった。

たとえば、何か腹立たしさを覚えはじめてきたら、目の前の出来事や人物と我の間にスペースを見出すようにし、そのスペースに焦点を当て、我を忘れるようにする。そうすると、腹立たしさはどこかにいってしまう。そもそも人間の身体を構成する細胞は無数の原子や素粒子からできており、その99.999パーセントは空間であるとされる。そもそも我という存在は限りなく空間(スペース)に近いのである。そう考えると、我がなくなり、楽になる。

また、何かやりたくない雑務があったときも、我を忘れて、とにかくその雑務をやってみる。そうすると、これがはかどったりする。やたら、考えるから自我が目を覚まし、「これはおもしろい、それはつまらない」と識別してしまうのだ。とにかく考えないで行動することは、やりたくないが必要な実務をやるときに効果的な方法だ。

また、自分の好きなことをやっている最中は、それこそ我を忘れている状態であり、時間がたつのも忘れてしまう。書いているとき、読んでいるとき、学んでいるとき、アニメをつくっているとき、教えているときなどは自我がどこかへ飛んでしまう感じすらする。

『論語物語』によれば、孔子は死ぬ前に「永遠に生きたい」というような発現をしたとされているが、実際に孔子の考え方は『論語』として数千年の時をこえて、私たちの中に永遠に生きることになったといえるだろう。我を忘れ、利他を生きた孔子たからこそ、彼の教えは多くの他者の人生につながり、潤すことになったのだろう。

もっともっと論語を学びたい。

それでは、また。
ブリスベンより感謝と愛情をこめて
モナカ寅次郎
11月18日

busy busy busy

I am very busy with marking students' tests because of the end of the school year in Australia.
But I will do my best to complete all of them as soon as possible.
The key is to stop thinking and just do it!
Tsune

78

5歳の娘と二人で食事をしていたときに、娘がしきりに「78」といってきました。
最初、私は何のことかさっぱりわかりませんでした。

私が不思議そうな顔をすると、私を指差して「78って書いてある」というのです。
それでも私はきょとんとしていました。

しかし、娘の視線をたどってみると、次第に状況が飲み込めて来ました。
つまり、私の着ていたTシャツに78という数字が書いてあったのです。

御覧のように、



近くでみると、何かやしの木のような木が何本か見えるだけですが、ちょっと離れたところから観ると、




78とちゃんと書いてあるのです。わかりますか?

恥ずかしながら、このTシャツを着るようになってからもう半年近くたちますが、一度もこれが数字だとは考えもしませんでした(大苦笑)。

木を見て森をみない生き方をしてきた私を象徴しているような出来事でした。

5歳の娘に、目の前のことだけじゃなくて、もっと引いた客観的な視点で自分を見つめなければいけないよと教えられた出来事でした。

私もまだまだです。

それでは、また。
ブリスベンより愛情と感謝をこめて
モナカ寅次郎
11月16日

ひさびさに大学に行ってきました。

ひさびさに大学に行ってきました。
2000年から2001年まで在学していたクイーンズランド大学です。
5年間勤務した東京の学校を辞めて、思い切って留学した思い出の大学です。

5歳の娘のバレイの発表会がこの大学の構内のホールで行われたので行ってきたのです。
休憩時間にあちこち懐かしいキャンパスを歩き回り、写真をとってきました。




この建物の最上階には、お世話になった言語学の大家ローリー・サセックス教授の研究室があったと思います。
きっと今でも精力的に研究をなさっていることでしょう。



よく結婚式の会場としても使われる美しい大学の建物。
しばし、大学のアカデミックな雰囲気に浸っております。
学問をしたい寅さんがめがねをかけてみたエピソードがありましたが、それとおんなじ心境です。



夜なのではっきり見えませんが、ここは眼も覚める緑の芝生でいっぱいの大学の美しい内庭です。
ここは360度美しい建物に囲まれていて、昼間は多くの学生が芝生に座りながら語り、本を読み、くつろぎます。



大学の構内にある映画館では、日本の「おくりびと」が上映されていました。
英語のタイトルは、「Departures」。
オーストラリアで遠い日本の文化の一端に触れるというのは、何度味わってもうれしいものです。

一日大学にいて、また本格的に学問をしたくなってしまいました。

それでは、また。
遠くオーストラリアの空より
モナカ寅次郎


11月15日

世界を5分間沈黙させた少女 A Girl who silenced the world for 5 minutes

みなさん、こんにちは。
以前、「大人たちへの警告」と題して、ある国際会議で発言した12歳の少女のビデオを紹介したところ、日本語訳もつけてほしいというご要望をいただきましたので、今回は以下に私なりの訳をつけさせていただきました。どうぞ、お楽しみください。

世界を5分間沈黙させた少女(A girl who silenced the world for 5 minutes)

日本語に訳してみて、あらためてこの少女の演説のものすごいパワーが伝わってきます。このビデオにつけられた「世界を5分間沈黙させた少女」というタイトルは、まさにそのものズバリを表現しています。私も沈黙してしまいました。

この子の声や主張は一少女の訴えを超えて、もっと大きな声を代弁しているように思えてなりません。サムシンググレート、自然の英知、大いなる存在、神、源、すべての親、宇宙の知性、など、いろいろな言い方はあるでしょうが、私はこうした「大いなる声」の前では言葉を失ってしまいます。

字面だけみると、何か私たち大人が怒られているように受け取られるかもしれませんが、このメッセージの真の意味を心で感じると、何か内側からふつふつとエネルギーが沸き起こってきます。そして、何かしなければという気になります。

毎日子どもたちに接する仕事をするものとして、勇気とエネルギーをもらったビデオです。

どうぞ、あなたも御覧ください!

それでは、また
ブリスベンより感謝と愛情をこめて
モナカ寅次郎

世界を5分間沈黙させた少女(A girl who silenced the world for 5 minutes)

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こんにちは。私は鈴木セブンといいます。環境問題に関する子どもの団体(ECO: Environment Children Organization)を代表してメッセージを伝えます。私たちは12歳から13歳の子どものグループで、何か大切なことをやってみたいという意思をもっています。バネッサ、モーガン、ミッシェルと私はここにくるために募金活動をしてお金をためてきました。はるばる5000マイル離れたこの場所に来たわけは、あなたがた大人に考え方を変えなければいけないということをいいたかったからです。

ここに来たということは、何も裏に意図があるということではありません。私は未来のために戦っています。未来を失うということは、選挙に負けるということとはちがい、株式市場でお金を失うともわけが違います。私は今ここで全ての世代、これから産まれてくる世代のために訴えます。私は飢餓と闘う子どもたちのためにここにいます。それは、彼ら彼女が泣いているからです。そして、わたしは世界中の臆病な動物たちのためにここにいます。それは動物たちは他に行き場所がない状態になっているからです。

私は太陽を見るのが怖いです。それはオゾン層に穴が開いているからです。私は空気を吸うのが怖いです。それはどんな化学物質が空気中に含まれているかわからないからです。私は昔よくバンクーバーの家の近くに家族と釣りに行っていました。でも、数年前にそこでガンに侵された魚を見つけました。いま、毎日多くの動物と植物が絶滅の危機に直面しています。(このままだと)動物と植物は永遠に消滅してしまうでしょう。私の人生の中で、熱帯雨林などに住むたくさんの蝶や小鳥たちなど野生動物や植物とともに楽しいひと時をすごしてきました。でも、私の子どもの世代がそうした蝶や小鳥を見ることがはたしてできるんだろうかと考えてしまいます。あなたがたが私の年頃だったころ、そういう心配をしなければならなかったですか? 

こうした全てのことは全て私たちの目の前で起きており、今すぐ行動し、あらゆる解決策をほしいといつも思ってきました。私はただの子どもで何も解決策をもっていません。でも、あなた方に誰一人例外なくわかってもらいたいのです。

あなた方は、どうやってオゾン層に空いた穴を元通りにするか知らないんですね。
あなた方は、どうやって鮭を川に戻すか知らないんですね。
あなた方は、どうやって動物たちをもとの状態にするか知らないんですね。今動物たちは絶滅の危機に瀕しています。
あなたがたは動物たちを森に取り戻すことはできません。森があった場所は今砂漠化しているからです。
もし、あなた方がどうやってこうした状況を元通りにするかわからないのなら、誰がそうした破壊を止めることができるのですか?

あなた方は各国政府の代表かもしれませんし、ビジネスに携わっている人かもしれませんし、何かを組織する人かもしれませんし、レポーターかもしれませんし、政治家かかもしれません。しかし、あなたたちは父親、母親、兄弟、姉妹、叔父、叔母、でもあり、あなた方は誰一人例外なく誰かの子どもでもあります。

私はただの子どもですが、私たちすべては大きな家族の一部であることを知っています。私たちは50億人の家族であり、3000万もの種族からなっています。国境や政府がそうした事実を変えることは決してできません。私はただの子どもですが、私たちはすべてが家族の中でいっしょに生きていることを知っています。そして、私たちはたった一つの世界でたった一つの目標に向けて活動しています。

私は怒っていますが、盲目にはなっていません。
私は不安ですが、私がどう感じているかを世界に向けて発現することを恐れてはいません。

私の国では、あなたがはたくさんの浪費をしています。買っては捨てて、買っては捨ててを繰り返しています。そうしたものを分け与えようとする国はただの一つもありません。必要以上にモノがあふれているのにもかかわらず!  あなたがたは分け与えることを恐れているのです。誰かの富を他者に与えることを恐れているのです。

カナダには恵まれた生活があります。たくさんの水や食べ物や住居があります。私たちには腕時計、コンピュータ、自転車、テレビがあります。そうしたものを並べたら二日あってもたりないでしょう。二日前にここブラジルに到着したときに、私たちはストリートチルドレンのおかれている状況を見て驚き、ショックを受けました。一人の子どもが私たちにこういったのです。「お金持になりたいなあ。もし、お金持ちになれたら、ここのストリートチルドレンに食べ物や洋服や薬や住所、そして愛と思いやりをあげるのになあ」と。
ストリートに住む何ももっていない子どもが与えたいといているのに、全てをもっている私たちは何も与えようとしないで欲深いのですか?

私は私と同じ世代のこうした子どもたちが、あなたがたが産まれたこの土地で何かとてつもない重要なことができると強く考えています。私もそうしたストリートチルドレンの一人だったかもしれません。私はソマリアの飢えで苦しむ子どもだったかもしれません。中東の戦争の被害者だったかもしれません。インドでモノを乞うていたかもしれません。

私はただの子どもですが、戦争に使われた全てのお金を使えば現在の環境問題を解決し、貧困を終わらせ、条約をつくれることを知っています。そうすれば、この地球はどんなにすばらしい場所になることでしょう!

学校では、幼稚園でさえ、あなた方はわたしたち子どもにこの世界でどう行動すべきかを教えています。あなた方は私たちに疑わしい他の人と遊ぶなと教えます。(一方で)他の人を尊敬しなさいと教えます。ちらかしたものをかたずけなさい、他の生き物を傷つけてはいけない、欲張りにならず他者と分け与えなさいと教えます。

では、あなたがたはなぜ私たちにするなといったことを学校の外でしているのですか!

この会議に参加した理由を決して忘れないで!
あなた方はだれのためにこの会議を開いているのですか!
私たちはあなたがたの子どもなのです。

あなた方はどのような世界に向かうべきかを話し合って決めようとしています。
私たちの親は子どもたちを安心させるために「すべてうまくいくわよ」「世界が終わるわけではあるまいし」「私たちは最善をつくすから」といいます。でも、あなたがたは、二度とそうしたことを私たちにいうことはできません。

私たち子どもは、あなたの優先順位のリストに載っていますか?

私の父はいつもいいます。「おまえという存在は、自分が何をするかによって決まるんだ。自分が何をいったかではない」と。あなたがたが次にすることは夜泣くことかもしれません。あなた方はやってきて私たちを愛そうとするでしょう。

でも、わたしはあなたがたにチャレンジをあげます。
お願いですから、私が今回主張した言葉を反映した行動を起こしてください。

ありがとうございました。
11月14日

Back to my mission

I am in the university now, where I studied applied linguistics 8 years ago. I am here not to study again but to see my daughter's ballet today. She is 5-year-old girl enjoying dance. At a break, I was walking around the campus, where I saw new buildings I did not see when I was here. And also I saw the same building at which I used to study. I found the space here has a certain frequency congruent with academic atmosphere. I felt I was in the right place. Something great might have been telling me to study more. I do believe that one of missions is to find out the ultimate method for foreign language learning & teaching. Today's university visit reminded me of my fundamental mission again. By the way, my daughter's ballet was great! Thing is she was not nervous at all enjoying her dance. I am so impressed to see her natural attitudes. I found this theatre showing a Japanese movie, "Okuribito" (Departures). I have watched it before but I wanted to watch it again! I am very proud of Japanese culture that is also accepted in overseas countries. Today was an inspiring day. Love and gratitude, Tsune
 
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