Tsunehiro 的个人资料Mrモナカのオーストラリア日記 - Mr Mon...照片日志列表更多 ![]() | 帮助 |
|
|
11月20日 学校でディスコ?!娘の学校で開かれたスクール・ディスコに行ってきた。 オーストラリアの学校では生徒たちのためにディスコを開くことが珍しくない。 いまだに日本の学校のイメージから、こうしたスクール・ディスコにはなじめないのだが、日々の出来事は天の意思である。そこで、ディスコについて考えてみることにした。 ![]() 冷静に子どもたちや親たちを観察すると、ノリノリで楽しんでいるグループと、会場の外に出て冷ややかに距離を置くグループがいた。まあ、選択肢としてディスコに出ないというのもありなので、ここに来ている人たちはおおむねディスコには理解をしめしており、その参加のあり方には温度差があるというべきだろう。まあ、入場費が3.5ドルでそれfが学校に寄付されることになるので、学校に経済的に協力しようという親もいたのかもしれない。 つまり、同じ出来事であってもそれをどう解釈するか、それとどう関わるかというのは個人次第だということだ。 中国の古典『菜根譚』(さいこんたん)には、心のあり方によっては、杯にうつるひもも蛇に見えてしまうというようなくだりがある。ディスコを何か邪悪なもの、学校文化には相容れないものとみて、距離をおくこともできるし、子どもたちが喜ぶからいいんじゃないかと観ることもできるわけである。 『菜根譚』の中には、心のありようで、同じ世界も違ったふうに体験できるというような内容が随所に見られる。たとえば、こころが安定している人は一日も1000年のように生きることもできるし、心が大らかな人は狭い部屋でも宇宙を感じることができるというくだりがある。さらには、普通の人は全ての出来事を違ったものととらえるが、心の達人は万物の中に同じものを見るという。 そこで、私なりにこのディスコに万物に共通なものを見出そうとしてみた。 ディスコで踊っている子どもも、親も詳しくみていけば、細胞、分子、原子、素粒子であり、行き着くところはエネルギーであり、一定の周波数で振動している。会場で流れている音楽も振動している。多くの子どもたちは、その自らの振動をディスコ音楽の振動にあわせているわけだ。つまり、私たちは日常生活とは「ちょっと」違う振動の中にいたことになる。 この振動はエネルギッシュだ。活気がある。この振動を日常生活に応用したら、かなり活動や能力の幅が広がることは確かだ。毎日の退屈な家事ももっとてきぱきとできてしまうかもしれない。やりたくない仕事の雑事もサクサクっと片付けてしまうかもしれない。そして、自分の目標もこうした活気あるエネルギーを使えば、たいていは達成できてしまうのかもしれない。 アンソニー・ロビンズのセミナーで多くの音楽を使って、飛び跳ねダンスをする一つの理由もこうしたことからだろう。 しかし、大抵は、こうしたディスコのノリを日常生活に持ち込むことはほとんど無理である。もちろん、MP3プレーヤーなどで音楽をきけば、それに近い気持ちを味わえる人がいるかもしれないが、ディスコ空間で体験した実際のノリにはなりにくい。 それは、我々の生活は、音と静寂から成り立っているからである。あるいは、動と静から成り立っているからである。 ディスコは音と動に焦点をあてるが、わずかではあるが、静寂や静も存在している。大抵はその静の部分には焦点は当てないが(人間の耳には知覚できにくいが)、確かにある。 日常生活でも音や動に焦点を当てる傾向にあるが、注意深く観察すると、静寂や静も存在している。大抵は、忙しく騒々しい生活の中では静の部分には焦点は当てないが、確かにある。 ここで、天の意思に戻るが、私にはスクールディスコは、私たちにバランスを思い出させようとしているように思える。 動と静 今日の学校文化と伝統的な学校文化 活気と停滞 西洋文化と東洋文化 光と闇 個人と集団 このバランスの統合の中にこそ、人生の神髄があるのかもしれない。 ディマティーニ博士はこの正反対の統合にこそ愛があるとしている。 日常生活の中で何か欠けているバランス、それをもう一度発見してみる必要がありそうだ。 もっと動くべきかもしれない。 もっと音楽を生活にとりいれるべきかもしれない。 もっとオーストラリア文化を受け入れるかもしれない。 いろいろな可能性がある。 日常生活をガラリと変えてしまった体験を思い出す。 誰かを心から愛したとき。 自分が親になったとき。 そういうときには、日常生活はまったく違うものになる。 私はもっともっと愛に生きるべきなのかもしれない。 それでは、また。 ブリスベンより感謝と愛情をこめて モナカ寅次郎 Why disco?I am with my daughter at school disco tonight. In my mind, disco and school still don't coexist together as I believe each of them has different vibration, hence different viblation. That is silence at school and noise at disco. Also I used to be a teacher in tokyo for 5 years and therefore i might feel that way..... But it might be the time for me to embrace both silence and noise. Both of them are part of Source. That is our life. Love and gratitude. Tsune
11月19日 恋しい いやあ、本格的に暑くなってきた。 家で入るときはランニングシャツでいることが多くなってきた。 職場に持っていく水は前日から凍らせておくようにしている。 部屋にいるときは扇風機をよく使うようになってきた。 仕事から帰ってくると、まずはシャワーをあびるようになってきた。 などなど、夏の生活スタイルになってきた。 一年の大半がこのスタイルのオーストラリアのクイーンズランド州。 普通の生活スタイルにもどったということか。 でも、四季の移り変わりに勝る美しさ、楽しさはここオーストラリアにはない分、いくら「新型インフルエンザ」が猛威を振るっている日本でも年末年始くらいは帰りたいという気持ちはある。 我を忘れるということ:『論語』をかじる 最近、少しだけ『論語』をかじりはじめたが、これがなかなか面白い。かなり前から読みたい、読まなければと思っていたのだが、「難しい」という評判、忙しさをいいわけに読んでこなかった。そして、今回少しではあるが、『論語』を学ぶ機会に恵まれた。 私の学び始めた中で印象に残っているのは、「我」のことばかり考えていては君子になれない、「我」を忘れたところに天の道があるというくだりである。 私なりにいえば、この場合の「我」とは自我(エゴ)のことであり、自己中心に物事を考え、すべての他者を識別・差別し、感情、思考、物事などを自己とみなすあり方であろう。一方、我を忘れた状態、すなわち天の道を生きることとは、自己というちっぽけな存在を超えた大いなる存在の意思にそった生き方であるといえるだろう。私たち人間は地の上で生きているため、様々な「雑音」に邪魔されて、天の意志に気づかないことが往々にしてあるが、孔子は地に生きながらも天の声を代弁していたといえるのかもしれない。 私などの「小人」はまだまだ君子には程遠い存在である。日常のちょっとしたことで落ち込み、腹を立てる。そんな私にもこの孔子の考え方、我を忘れるは非常に大きなインパクトをもった。 たとえば、何か腹立たしさを覚えはじめてきたら、目の前の出来事や人物と我の間にスペースを見出すようにし、そのスペースに焦点を当て、我を忘れるようにする。そうすると、腹立たしさはどこかにいってしまう。そもそも人間の身体を構成する細胞は無数の原子や素粒子からできており、その99.999パーセントは空間であるとされる。そもそも我という存在は限りなく空間(スペース)に近いのである。そう考えると、我がなくなり、楽になる。 また、何かやりたくない雑務があったときも、我を忘れて、とにかくその雑務をやってみる。そうすると、これがはかどったりする。やたら、考えるから自我が目を覚まし、「これはおもしろい、それはつまらない」と識別してしまうのだ。とにかく考えないで行動することは、やりたくないが必要な実務をやるときに効果的な方法だ。 また、自分の好きなことをやっている最中は、それこそ我を忘れている状態であり、時間がたつのも忘れてしまう。書いているとき、読んでいるとき、学んでいるとき、アニメをつくっているとき、教えているときなどは自我がどこかへ飛んでしまう感じすらする。 『論語物語』によれば、孔子は死ぬ前に「永遠に生きたい」というような発現をしたとされているが、実際に孔子の考え方は『論語』として数千年の時をこえて、私たちの中に永遠に生きることになったといえるだろう。我を忘れ、利他を生きた孔子たからこそ、彼の教えは多くの他者の人生につながり、潤すことになったのだろう。 もっともっと論語を学びたい。 それでは、また。 ブリスベンより感謝と愛情をこめて モナカ寅次郎 11月18日 busy busy busy I am very busy with marking students' tests because of the end of the school year in Australia. But I will do my best to complete all of them as soon as possible. The key is to stop thinking and just do it! Tsune 78 5歳の娘と二人で食事をしていたときに、娘がしきりに「78」といってきました。 最初、私は何のことかさっぱりわかりませんでした。 私が不思議そうな顔をすると、私を指差して「78って書いてある」というのです。 それでも私はきょとんとしていました。 しかし、娘の視線をたどってみると、次第に状況が飲み込めて来ました。 つまり、私の着ていたTシャツに78という数字が書いてあったのです。 御覧のように、 ![]() 近くでみると、何かやしの木のような木が何本か見えるだけですが、ちょっと離れたところから観ると、 ![]() 78とちゃんと書いてあるのです。わかりますか? 恥ずかしながら、このTシャツを着るようになってからもう半年近くたちますが、一度もこれが数字だとは考えもしませんでした(大苦笑)。 木を見て森をみない生き方をしてきた私を象徴しているような出来事でした。 5歳の娘に、目の前のことだけじゃなくて、もっと引いた客観的な視点で自分を見つめなければいけないよと教えられた出来事でした。 私もまだまだです。 それでは、また。 ブリスベンより愛情と感謝をこめて モナカ寅次郎 11月16日 ひさびさに大学に行ってきました。ひさびさに大学に行ってきました。 2000年から2001年まで在学していたクイーンズランド大学です。 5年間勤務した東京の学校を辞めて、思い切って留学した思い出の大学です。 5歳の娘のバレイの発表会がこの大学の構内のホールで行われたので行ってきたのです。 休憩時間にあちこち懐かしいキャンパスを歩き回り、写真をとってきました。 ![]() この建物の最上階には、お世話になった言語学の大家ローリー・サセックス教授の研究室があったと思います。 きっと今でも精力的に研究をなさっていることでしょう。 ![]() よく結婚式の会場としても使われる美しい大学の建物。 しばし、大学のアカデミックな雰囲気に浸っております。 学問をしたい寅さんがめがねをかけてみたエピソードがありましたが、それとおんなじ心境です。 ![]() 夜なのではっきり見えませんが、ここは眼も覚める緑の芝生でいっぱいの大学の美しい内庭です。 ここは360度美しい建物に囲まれていて、昼間は多くの学生が芝生に座りながら語り、本を読み、くつろぎます。 大学の構内にある映画館では、日本の「おくりびと」が上映されていました。 英語のタイトルは、「Departures」。 オーストラリアで遠い日本の文化の一端に触れるというのは、何度味わってもうれしいものです。 一日大学にいて、また本格的に学問をしたくなってしまいました。 それでは、また。 遠くオーストラリアの空より モナカ寅次郎 11月15日 世界を5分間沈黙させた少女 A Girl who silenced the world for 5 minutes みなさん、こんにちは。 以前、「大人たちへの警告」と題して、ある国際会議で発言した12歳の少女のビデオを紹介したところ、日本語訳もつけてほしいというご要望をいただきましたので、今回は以下に私なりの訳をつけさせていただきました。どうぞ、お楽しみください。 世界を5分間沈黙させた少女(A girl who silenced the world for 5 minutes) 日本語に訳してみて、あらためてこの少女の演説のものすごいパワーが伝わってきます。このビデオにつけられた「世界を5分間沈黙させた少女」というタイトルは、まさにそのものズバリを表現しています。私も沈黙してしまいました。 この子の声や主張は一少女の訴えを超えて、もっと大きな声を代弁しているように思えてなりません。サムシンググレート、自然の英知、大いなる存在、神、源、すべての親、宇宙の知性、など、いろいろな言い方はあるでしょうが、私はこうした「大いなる声」の前では言葉を失ってしまいます。 字面だけみると、何か私たち大人が怒られているように受け取られるかもしれませんが、このメッセージの真の意味を心で感じると、何か内側からふつふつとエネルギーが沸き起こってきます。そして、何かしなければという気になります。 毎日子どもたちに接する仕事をするものとして、勇気とエネルギーをもらったビデオです。 どうぞ、あなたも御覧ください! それでは、また ブリスベンより感謝と愛情をこめて モナカ寅次郎 世界を5分間沈黙させた少女(A girl who silenced the world for 5 minutes) ************************************* こんにちは。私は鈴木セブンといいます。環境問題に関する子どもの団体(ECO: Environment Children Organization)を代表してメッセージを伝えます。私たちは12歳から13歳の子どものグループで、何か大切なことをやってみたいという意思をもっています。バネッサ、モーガン、ミッシェルと私はここにくるために募金活動をしてお金をためてきました。はるばる5000マイル離れたこの場所に来たわけは、あなたがた大人に考え方を変えなければいけないということをいいたかったからです。 ここに来たということは、何も裏に意図があるということではありません。私は未来のために戦っています。未来を失うということは、選挙に負けるということとはちがい、株式市場でお金を失うともわけが違います。私は今ここで全ての世代、これから産まれてくる世代のために訴えます。私は飢餓と闘う子どもたちのためにここにいます。それは、彼ら彼女が泣いているからです。そして、わたしは世界中の臆病な動物たちのためにここにいます。それは動物たちは他に行き場所がない状態になっているからです。 私は太陽を見るのが怖いです。それはオゾン層に穴が開いているからです。私は空気を吸うのが怖いです。それはどんな化学物質が空気中に含まれているかわからないからです。私は昔よくバンクーバーの家の近くに家族と釣りに行っていました。でも、数年前にそこでガンに侵された魚を見つけました。いま、毎日多くの動物と植物が絶滅の危機に直面しています。(このままだと)動物と植物は永遠に消滅してしまうでしょう。私の人生の中で、熱帯雨林などに住むたくさんの蝶や小鳥たちなど野生動物や植物とともに楽しいひと時をすごしてきました。でも、私の子どもの世代がそうした蝶や小鳥を見ることがはたしてできるんだろうかと考えてしまいます。あなたがたが私の年頃だったころ、そういう心配をしなければならなかったですか? こうした全てのことは全て私たちの目の前で起きており、今すぐ行動し、あらゆる解決策をほしいといつも思ってきました。私はただの子どもで何も解決策をもっていません。でも、あなた方に誰一人例外なくわかってもらいたいのです。 あなた方は、どうやってオゾン層に空いた穴を元通りにするか知らないんですね。 あなた方は、どうやって鮭を川に戻すか知らないんですね。 あなた方は、どうやって動物たちをもとの状態にするか知らないんですね。今動物たちは絶滅の危機に瀕しています。 あなたがたは動物たちを森に取り戻すことはできません。森があった場所は今砂漠化しているからです。 もし、あなた方がどうやってこうした状況を元通りにするかわからないのなら、誰がそうした破壊を止めることができるのですか? あなた方は各国政府の代表かもしれませんし、ビジネスに携わっている人かもしれませんし、何かを組織する人かもしれませんし、レポーターかもしれませんし、政治家かかもしれません。しかし、あなたたちは父親、母親、兄弟、姉妹、叔父、叔母、でもあり、あなた方は誰一人例外なく誰かの子どもでもあります。 私はただの子どもですが、私たちすべては大きな家族の一部であることを知っています。私たちは50億人の家族であり、3000万もの種族からなっています。国境や政府がそうした事実を変えることは決してできません。私はただの子どもですが、私たちはすべてが家族の中でいっしょに生きていることを知っています。そして、私たちはたった一つの世界でたった一つの目標に向けて活動しています。 私は怒っていますが、盲目にはなっていません。 私は不安ですが、私がどう感じているかを世界に向けて発現することを恐れてはいません。 私の国では、あなたがはたくさんの浪費をしています。買っては捨てて、買っては捨ててを繰り返しています。そうしたものを分け与えようとする国はただの一つもありません。必要以上にモノがあふれているのにもかかわらず! あなたがたは分け与えることを恐れているのです。誰かの富を他者に与えることを恐れているのです。 カナダには恵まれた生活があります。たくさんの水や食べ物や住居があります。私たちには腕時計、コンピュータ、自転車、テレビがあります。そうしたものを並べたら二日あってもたりないでしょう。二日前にここブラジルに到着したときに、私たちはストリートチルドレンのおかれている状況を見て驚き、ショックを受けました。一人の子どもが私たちにこういったのです。「お金持になりたいなあ。もし、お金持ちになれたら、ここのストリートチルドレンに食べ物や洋服や薬や住所、そして愛と思いやりをあげるのになあ」と。 ストリートに住む何ももっていない子どもが与えたいといているのに、全てをもっている私たちは何も与えようとしないで欲深いのですか? 私は私と同じ世代のこうした子どもたちが、あなたがたが産まれたこの土地で何かとてつもない重要なことができると強く考えています。私もそうしたストリートチルドレンの一人だったかもしれません。私はソマリアの飢えで苦しむ子どもだったかもしれません。中東の戦争の被害者だったかもしれません。インドでモノを乞うていたかもしれません。 私はただの子どもですが、戦争に使われた全てのお金を使えば現在の環境問題を解決し、貧困を終わらせ、条約をつくれることを知っています。そうすれば、この地球はどんなにすばらしい場所になることでしょう! 学校では、幼稚園でさえ、あなた方はわたしたち子どもにこの世界でどう行動すべきかを教えています。あなた方は私たちに疑わしい他の人と遊ぶなと教えます。(一方で)他の人を尊敬しなさいと教えます。ちらかしたものをかたずけなさい、他の生き物を傷つけてはいけない、欲張りにならず他者と分け与えなさいと教えます。 では、あなたがたはなぜ私たちにするなといったことを学校の外でしているのですか! この会議に参加した理由を決して忘れないで! あなた方はだれのためにこの会議を開いているのですか! 私たちはあなたがたの子どもなのです。 あなた方はどのような世界に向かうべきかを話し合って決めようとしています。 私たちの親は子どもたちを安心させるために「すべてうまくいくわよ」「世界が終わるわけではあるまいし」「私たちは最善をつくすから」といいます。でも、あなたがたは、二度とそうしたことを私たちにいうことはできません。 私たち子どもは、あなたの優先順位のリストに載っていますか? 私の父はいつもいいます。「おまえという存在は、自分が何をするかによって決まるんだ。自分が何をいったかではない」と。あなたがたが次にすることは夜泣くことかもしれません。あなた方はやってきて私たちを愛そうとするでしょう。 でも、わたしはあなたがたにチャレンジをあげます。 お願いですから、私が今回主張した言葉を反映した行動を起こしてください。 ありがとうございました。 11月14日 Back to my missionI am in the university now, where I studied applied linguistics 8 years ago. I am here not to study again but to see my daughter's ballet today. She is 5-year-old girl enjoying dance. At a break, I was walking around the campus, where I saw new buildings I did not see when I was here. And also I saw the same building at which I used to study. I found the space here has a certain frequency congruent with academic atmosphere. I felt I was in the right place. Something great might have been telling me to study more. I do believe that one of missions is to find out the ultimate method for foreign language learning & teaching. Today's university visit reminded me of my fundamental mission again. By the way, my daughter's ballet was great! Thing is she was not nervous at all enjoying her dance. I am so impressed to see her natural attitudes. I found this theatre showing a Japanese movie, "Okuribito" (Departures). I have watched it before but I wanted to watch it again! I am very proud of Japanese culture that is also accepted in overseas countries. Today was an inspiring day. Love and gratitude, Tsune
あなたはだれですか? WHO ARE YOU?また、動画をつくりましたので、よろしければ御覧ください。
「自分はいったい何者だろう?」「私は一体だれなんだろう?」 そんな疑問を感じたことはないでしょうか? この動画はこうした問いに私なりに真剣に向き合って作った作品です。 あなたはビジネスマンですか? あなたは管理職ですか? あなたはダンサーですか? あなたは母親ですか? 答えはノーです。 では、あなたは身体ですか? あなたは感情ですか? あなたは思考ですか? これもノーです。 それでは、本当のあなた、本当の私とは一体何なんでしょう? それでは、どうぞ御覧ください。
11月10日 今日で歯医者さんともバイバイ! My mighty daughter!! 娘が歯医者に行ってきた。 今日が最終日だった。 3回の歯の治療は5歳の娘には相当応えたろう。 それでも娘は泣かずに頑張ったそうだ。 私はそんな娘がますます愛おしくなり、思いっきり抱きしめた。 わが娘 痛い注射を されたけど 痛みに耐えて 喜ぶ笑顔 I am very proud of my 5-year-old daughter, who did not cry although she went to see a dentist 3 times. I could not stop embracing her as I could not stop increasing love to her. I found my daughter grow again! Tsune 何をまってるの? 思い切っていってみよう! わたしたちは時に内気で、なかなか本心がいえません。 そのかわり、本当にいいたくないことをいっぱいいってしまいます。 しかし、何をまってるのですか? 今、それをいわなかったら、一生いえないかもしれませんよ。 その人は死んでしまうかもしれませんし、 その人はどこか遠くにいってしまうかもしれません。 だから、思い切って今日いってみましょう「愛してる」と! 恋人、両親、家族、身近な人にいってみましょう。 恥ずかしかったら、別の方法で愛情を表現しましょう。 だいじょうぶです。 この世には愛しかありません。 その人もあなたのことを愛してますよ。 野口嘉則氏の著作に感動して、自分なりにメッセージをつくってみました。 未熟ではありますが、どうぞ御覧ください。 いかがでしたか? 私はつい映画をつくるときに、いっぱい言葉で説明をしすぎるクセがあるので、今回の映画はできるだけ説明をカットしました。そのぶん、この映画が視聴者のみなさんに様々な意味合いをもってくればいいなあと思っています。 この子どもはだれでしょう? あなたの心の中の良心かもしれませんし、純粋な心かもしれません。 神かもしれません。 あなたの子ども時代かもしれません。 思わずひどいことを言ったり、してしまったあなたのお子さんかもしれません。 あるいは、すでに亡くなってしまったあなたの大切な人かもしれません。 いずれにしろ、私たちが大切に耳を傾ける必要のある存在として描いたつもりです。 謝ったり、自分を責めたり、することも時には必要かもしれませんが、それ以上に、もっと根本的なメッセージを私たちはもっと人々に伝えるべきではないか、そう考えました。 それは、愛。 私たち日本人にはちょっと勇気のいる言葉、愛。 でも、それって決して欧米の言葉であるとはいいきれないんですよね。 洋の東西を問わず、人間の根源に位置づく言葉だと思います。 ディマティーニ博士によれば、「この世にあるものすべての根源的性質は愛で、それ以外は幻想である」そうです。詳しいことは、どうぞ、ディマティーニ博士から学んだ過去のブログなどを参照してみてください。 さあ、何を待っているのですか? 待つ必要はありません。 大切な人に愛を伝えましょう! 今日! それでは、また。 ブリスベンより感謝と愛情をこめて モナカ寅次郎 11月9日 天職 My GOD given job毎日日本語を子どもから大人まで教えているわけだが、毎回教え終わった後の充実感が最高。 それがあるからやめられないのだ。 I cannot stop teaching Japanese to students from kids to adults because this IS my job given by GOD. 中国古典『菜根譚』(さいこんたん)に神の意思を見る Messages from GOD in a Chinese book神の意思にそった生き方をすることが、人間らしい充実した人生を送る秘訣。神という言葉が嫌いであれば、宇宙の知性、サムシンググレート、大自然の叡智など言い方はなんでもいいでしょう。 要は、自分勝手な我がままな、エゴイックな願望や欲求や行動をしても満たされた人生は送れないということだと思います。むしろ、神の意思を明確にし、それにそって生きることが大切なのではないでしょうか。 遺伝子研究の世界的権威である、村上和雄氏も研究を突き詰めていくと、人知をを越えた何か偉大な存在に行き着くといいます。遺伝子の複雑精緻な仕組みも、生命のもつ調和、つつしみなどの性質も人間の力をこえた何かがそこにいないと成り立たないといっています。 中国古典の一つで、日本でも幅広く読まれている「菜根譚」にも「天の意思」にそって生きることの大切さが述べられている箇所があります。そこでの特質の中で、私が好きなものをピックアップすると、以下のようになります。 愚直に生きる 無欲に生きる 謙虚。 一生の短さを悟る 病気と死について心を思い描く 主体的に生きる 自慢しない。 質素。 無益な争いをしない。 静寂。 怒りを表さない 極端に走らない 忙しいときは冷静に、暇なときは情熱を 感謝をもとめない 人を責めない 世の中は思いのままにならないと知る 成功があれば失敗、生があれば死がある 高い目標をもつ 社会のためにつくす 人格を磨きつつ事業に取り組む 本質に迫るまで深く学ぶ やめるべきことはすぐやめる うまくいかないときは力を蓄える 人に知られずに善行をする 清濁併せ呑む 硬軟両面をもつ 苦労の中に喜びを見出す 楽しい気持ちで生きる 常に無心でいる 幸は不幸につながり、生は死につながることを知る 心の持ち方をかえて幸せになる ほどほどで満足する 世俗に身をおきながら、世俗を超越する 温かい心。 広い心 財産や才能を自慢しない 繊細すぎない、おおらか過ぎない 志を最優先する 無欲に徹する 物事にとらわれない だますよりだまされたほうがいい。 苦労もしゆとりももつ。 苦しみに耐えて努力すべきである 心にゆとりをもち楽に生きるべきである 現実はすべてまぼろしであり全てを超越して生きるべきだ 喜びも悲しみも忘れ去る 「菜根譚」は、仏教、道教、儒教などの東洋思想を統合した教えをあつめており、自己抑制的な側面も、自己解放的な側面も見られます。これを矛盾ととらえるか、答えがいくつもあるかととらえるかは読者のみなさんに任せます。私はこの本は一方の極端な答えに走らず、いくつもの見解の間でバランスがとれていてすきです。それゆえ、非常に現実的なアドバイスが多く含まれていると思います。 そもそもバランスは神のメッセージといえます。ディマティーニ博士によれば、この世の中のものはすべてエネルギーであり、プラスとマイナスからできているといいます。そして、根本的にはそのプラスとマイナスの統合こそが愛であるといっています。神は私たちにそのバランス(愛)に気づかせるために、様々な人、出来事、物事、情報、症状などを私たちに体験させているというのです。すなわち、バランスを含んだ菜根譚のメッセージは、ディマティーニ博士の見解と一致するところが多分にあり、そこに私は神の意思を感じることができるのです。 また、上記の様々な特質は、昨日紹介した村上和雄氏の「アホは神の望み」の中にある「アホ」の考え方にも通じるものがあると思います(たとえば「愚直に生きる」など)。 つまり、私はこうした特質も、神の意思にそうものであると思うのです。400年以上も多くの人々に読みつがれ、実践されてきた内容ですので、どれも深い味わいがあり、無視できません。 私は神の意思が何であるのか、非常に強い興味をもっています。これからも貪欲に追求し、実践していきたいと思います。 それでは、また。 ブリスベンより感謝と愛情をこめて モナカ寅次郎 Have you read, a Chinese philosophy, KEN TAN? I am convinced that the book contains messages from GOD. If you don't like to call it GOD, you can call it Something Great, Universal Intelligence, Being, Consciousness, etc. I found a lot of profound messages in the book. They are well balanced messages that inspired me a lot. Basically balance is a message from GOD. That is...... According to Dr Demartini, one of the best inspirational speakers, writers, and philosophers, GOD always try to let us notice the universal truth which is that everything in the universe has both positive and negative. And the synthesis of positive and negative is true love. But unfortunately many people do not recognise it and focus only on negatives or positives. So GOD always give us people, events, things, information, symptoms and so on to let us notice the balance, LOVE. KEN TAN contains the following messages for example. "You need to have both soft and hard." "You need to realise that happiness will be connected to unhappiness, likewise, life will be to death." "You need to find out pleasure in pain." "Success exists where failure do, likewise, life exist where death does." "You need to have both hard works and relaxing times." etc, You can see balance in his idea, which is also messages from GOD. I am very curious about what GOD is thinking. It is fun to find out his messages in my daily life including in books, people, events, etc. Everyday is a great adventure! Love! Tsune 「アホ」になることの大切さ 「仏は寅のような愚者を愛しております」 これは映画「男はつらいよ」の中で、帝釈天の住職の御前様が寅さんの妹のさくらに向かっていった言葉です。 なぜかこの言葉が頭の中に残っていたのですが、この言葉は実は深い意味がこめられていたのだということがわかりました。 つまり、「愚者」や「アホ」になることこそが、人間としての幸せや充実した人生に大きく貢献するのだということなのです。いいかえれば、「アホ」は神の望むことであり、その結果、「アホ」は人生において神から思わぬ贈り物を得ることができるというわけです。 そもそも「引き寄せの法則」は個人が自分だけの力で使っているわけではありません。この世を支配する力(神、サムシンググレート、大自然の力、宇宙の知性など)と自分が一つになったときにはじめてすばらしいものを引き寄せることができるのです。 世界的な遺伝子研究の第一人者の一人、村上和男氏がその著書「アホは神の望み」の中で、神が望む人間の特徴として、「アホ」をあげ、具体例として以下のような性質をあげます。 器の大きな愚直さ 愚直なまでの情熱 威張らないこと 正直 ユーモア 笑い つつしみ 秩序 調和 愛 息抜き 根拠のない自信 陽気な心 感謝 感動 楽天的 どきどきわくわく 単純さ 感性 情緒 心の豊かさ 利他 寛容さ などなど こうした例をあげればわかるように、無味乾燥に表面的にバカをやれといっているのではないことがわかると思います。懐の大きいおおらかでユーモアもあって楽天的でつつしみをもち利他を生きる感性豊かな人間になることの大切さをいっているわけです。 村上氏は、ノーベール賞受賞者、寅さん、ネルソン・マンデラ、ダライ・ラマ、宮沢賢治などの具体的な例をあげ、また様々な自分自身の体験を述べながら、神はこうした「アホ」の特徴をもった人々を愛していると主張するのです。 そして、その結果、神はセレンディプティー(serendipity)、すなわち「当てにしていないものを偶然に発見する才能」とか、「偶然によって思いもよらぬ発見・発明をする能力」を与えてくれるというのです。どうやら、セレンディプティーは個人のレベルを超えた何か偉大なものによってもたらされるもののようです。私はこのセレンディプティーこそ、「引き寄せの法則」の本質をあらわすものであると思うのです。 世界の多くの人々が「引き寄せの法則が自分には効かない」として失望しているのは、つまり、彼ら彼女らが「アホ」になっていないからといえるのかもしれません。 それでは、また。 ブリスベンより感謝と愛情をこめて モナカ寅次郎 ![]() I do believe that we need to be "foolishness" in order to attract something great in our lives. That is, we can attract something great by becoming one between ourselves and GOD (Universal intelligence, Conscious, etc.) to be "foolish" because God loves "foolishness." For example, GOD likes the following "foolishness."
Those who are disappointed about the law of attraction might not be "foolish" yet. Love, Tsune 11月7日 娘からの贈り物7つの証拠:わたしたちはみんなつながっている The 7 Evidences: We are all connected!よく最近、いろいろなメディアを通じて、「私たちはみんなつながっている」ということがいわれるようになりましたが、みなさんはこのことを真に実感していますか?
孤独感を感じたりして苦しんでいる人は多いのではないでしょうか? 今回作成したビデオは日常生活の何気ない出来事を通じて、実は私たちは見えない世界ではつながっているということを体験しているんです。 ねむいとき、誰かと同じ部屋にいるとき、予感をもつとき、共感するとき、電話を受けるとき、呼吸するときなど、実は私たちは他の人や自然とつながっていることを経験しているのです。普段は意識していませんが、意識するとこうした場面はわりと日常生活の中に頻繁に見られるものです。 私自身、今日だけで3つ以上の場面を通じてこうした「目に見えない世界でのつながり」を実感しました。 それでは、どうぞ御覧ください! 私たちはひとりぼっちではありません。 オーストラリアの私とあなたは今つながっています! The Secret, What the bleep do we know? and many media tell us that we are all connected. But do you really feel and think so? Let me show you some evidences that demonstrate our connectedness in the invisible world.
11月4日 夏スタートいやあ、今日は暑かった。
ブリスベンの最高気温は32度。
車の中に置いておいたりんごが桃のようにやわらかくなってしまった。
近くのイプスウィッチでは38度を記録したそうだ。
夏本番! |
|
|